Keifuku Palace
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景福宮


「景福宮(キョンボックン)」は、朝鮮王朝の正宮で、太祖4年(1395年)に韓国全域のお寺の僧侶と1万5千人あまりの国民を動員し、10ヵ月かけて完成した朝鮮王朝を象徴する宮殿です。

南山(ナムサン)・仁王山(インワンサン)・北岳山(ブガクサン)に囲まれ、風水的にも絶好の場所となっています。朝鮮王朝の初代王である太祖(テジョ)の時、390部屋が完成され、その後、更に大きく増築しましたが、1592年の壬辰倭亂(文禄慶長の役)の際、建物の多くが秀吉の軍勢によって焼かれてしまいました。それを朝鮮時代末期の1865年(高宗2年)に、当時の王であった高宗(コジョン)の父親の興宣大院君(フンソンデウォングン)が再建しましたが、高宗32年(1895)明成(ミョンソン)皇后が景福宮内乾清宮で日本人によって惨殺され、その翌年の2月、俄館播遷(アグァンパチョン・高宗と太子がロシア公使館に避難した事件)が起こり高宗が住まいを徳寿宮に移したことで、王宮としての機能を失ってしまいました。

1996年には朝鮮総督府の建物が取り壊され、最近では景福宮の昔の華やかな姿を取り戻そうとする努力が続けられているようです。 勤政殿(クンジョンジョン)・慶会楼(キョンフェル)・香遠亭(ヒャンウォンジョン)・ 峨嵋山(アミサン)の煙突などは昔の姿がそのまま残っており、伝統文化の特徴と美を味わうことができます。

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